命は平等です 説明無用の真理ではありませんよ平成28年8月24日更新

 

精神科医の香山リカさんが昨日の東京新聞にエッセイを書いていました。

タイトルは「説明のいらない真理」です。

 

内容は相模原障害者施設殺傷事件に関しての講演内容についてです。

香山さんが「命は平等、どんな人にも生きる権利はある」と講演されたことに対する質問です。

論拠を説明して欲しいと質問され「命は平等、それ以上の説明は必要ない」と答えたとの内容です。

香山さんは「なぜ平等なの?」と思った瞬間に差別が始まるとの論旨で書かれてました。

 

「仏教者」否「宗教者」として読んで愕然としました。

香山さん自身が質問者は「命は平等」と思っていることを認めています。

それを「なぜと思う」と思うこと自体が間違いだ、それって普通は逆切れでないの。

 

香山さんは「命は平等」が「説明無用の当たり前の真実」との認識です。

世の中に「説明無用の当たり前の真実」なんてそんなに無いと思うんですが…。

 

私が葬儀の法話でよく使うフレーズです。

「世の中には絶対の真実というのは本当に少ないんですが、『人は必ず死ぬ』ということは確かです」

私は絶対の真実だと思っているんですが、このことを認めない人が世界の3分の1くらいいます。

この内容を書くと本1冊くらいになるのでパスしますが…。(知りたい方はキリスト教関係の本をお読み下さい)

 

物事を論理的に考えていくと、最初の命題が必ず必要になります。

有名なのが「我思う、ゆえに我あり」です。

 

「住職は説明できるの?」

はいもちろんできます。

「住職、凄いねえ」

( ̄∇ ̄;)ハッハッハ、ちっとも凄くありません。

「仏教者」否「宗教者」ならば最低限のレベルの内容です。

 

「命は平等」を道徳や倫理で論拠を説明するのはものすごく大変なんです。

そもそも道徳は論理的ですらありません。

道徳に理屈は無いんです。

 

倫理学にも本当の論理はありません。

 

「命は平等」をきちんと説明するためには宗教が必要なんです。

なぜなら、きちんと論理的に説明するためには絶対の真理が必要です。

 

科学の世界では絶対の真理だと考えられていたことが、後に覆るなどということは普通にあります。

 

なぜと質問され、そう思うこと自体が間違いだ、これってやっぱり逆切れですよねえ。

 

最後に本日のブログは理屈っぽくてごめんなさい。<(_ _)>

私の実力では面白おかしく書けないんですよねえ。

こういうブログを楽しく書ければいいんですが。

 

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