清貧寺 極貧寺のお坊さん 宗教法人法をご存知ですか?平成30年2月3日更新

 

前回のブログの続きになります。

お坊さんの本当のお仕事は布教です平成30年2月1日更新

このブログから事例を考えます。

 

極貧寺よりも悲惨な消滅寸前寺の事例です。

週刊朝日の記事です

寺の収入年3万円! “モグリの坊主”にもなった住職の過酷な生活

 

一部引用します。

離婚して、子どもとも離れてしまって一人暮らし。その日に食っていくだけで手いっぱいですよ

いやあ泣けてきますねえ。

自らすすんで離婚をされたのではなく、収入が無いので見捨てられたようです(;;)

 

今はただ、寺の存続のためだけに生きる毎日だという。

うーん、他人ごとだとは思えません。

 

私の代で終わりだろうね。(集落にいる)おばあちゃんたちが亡くなれば、お寺を残す意味もなくなる。

 

週刊朝日によると、このお寺は日蓮宗だそうです。

つまり包括宗教法人が「宗教法人 日蓮宗」ということです。

当然ながら宗費という上納金を支払っているはずです。

包括宗教法人の内情と末端貧乏寺の住職の慨嘆平成29年6月24日更新

 

上記リンクは高庵寺の事例で、「他の宗教法人の監査もしているんですが、同レベルの収入の宗教法人の4倍近い金額です」だと言われましたので、宗費はいくらくらいでしょうねえ?

正直全く分かりませんが、少なくとも「寺の収入年3万円!」よりは、ずっと多いはずです。

 

曹洞宗の清貧寺の事例です。

元教師で、家族4人で月収10万円以下のお寺を取材。

やってきたのは山口市にある曹洞宗・仁平寺。

住職の男性は17年前に高校教師をやめて住職になり、10年前に結婚し2人の子どもを授かった。

月収10万円について、男性はウソではない等と話した。

そのからくりに密着した。

午前10時に住職は付き合いの古いお宅でお経をあげるのが日課。

お経をあげたときのお布施は無いことは珍しくないという。

お寺の収入は葬儀と法事などでそれ以外はないという。

これでは家族4人は支えられないので山口市内のアーケード街に行き読経してお布施をもらう。

これは托鉢という修業で、この日は約1時間行い2,500円のお布施を得た。

これによって檀家以外からの葬式などの依頼が増えたという。

他にも夜は座禅会で月収を2万円アップ。

 

こちらのお寺は同じ宗派ですから、だいたいの見当がつきます。

高庵寺の半分弱というところでしょう。

宗費という名の上納金が寺の維持をものすごく圧迫しているはずです。

 

次に浄土宗の清貧寺の事例です。

月刊住職の編集長が生き仏と称する住職は元々画家で35年前に松樹寺を引き継いだという。

月収は6万円でTシャツは貰い物。

他には作務衣と袈裟くらいしか無い。

住職は一年間毎日炊き出しをしている。

炊き出しの食材調達のために訪れたのは岡崎市内で50年以上続く卵の卸問屋で、ここで卵をいただく。

その他にも米や野菜なども週に1度市場に行き、売れ残りを頂いて炊き出しをしている。

住職本人の食事はいただきものの玄米などの精進料理。

一番のごちそうは週に一度の外食で食べるうどんだという。

午前3時に台所で炊き出しの準備を始める。

炊き出し料理の住職の拘りは栄養を一番大事に考えているという。

このおじや作りを毎朝2時間半行う。

出来たおじやを車に積んで車で30分の駅前に向かう。

全ての人を分け隔てなく接するのが住職の哲学。

炊き出しは川原などへも出張サービスするという。

 

この2つの事例は似ているようで全く異なります。

曹洞宗仁平寺の事例は、お仕事としての僧侶です。

浄土宗松樹寺の事例は、生き方としての僧侶です。

 

もちろん両方とも素晴らしいです。

曹洞宗仁平寺の場合は、寺として経営できるように頑張っておられます。

現在のご住職が素晴らしく、現在は経営が成り立っていますが、次代の住職はさらにもう一段階上の工夫が必要でしょう。

 

浄土宗松樹寺の場合は、経営は成り立っていません。

なぜ継続しているかというと、「お仕事」ではなく、「生き方」としてのお坊さんだからです。

本当の出家ですなあ。

これくらいのレベルになると、存在そのものが布教になります。

だから「生き仏」なんですが…

TVで言動を拝見しましたが…

いやあ面白いですなあ。

しかも深いです。

高庵寺住職には絶対に無理ですし、身近なお坊さんでは見たことも聞いたこともありません。

なにせ月間住職の編集長が稀有な存在だと言っているくらいですから。

 

浄土宗松樹寺の場合を見ていても感じました。

もちろんお坊さんの行動も素晴らしいですが、話の内容も素晴らしいですねえ。

行動が伴う言行一致ですから、余計に説得力があります。

それでも行動だけでは十分に伝わりません。

炊き出しは川原などへも出張サービス」、このときの相手に話しかける言葉の力に感心しました。

布教の原点は言葉です、お話です、法話です。

 

ここでもう一度、基本中の基本の「宗教法人法」を見てみましょう。

宗教法人法(昭和二十六年法律第百二十六号)施行日:平成二十八年四月一日

(この法律の目的)

第一条 この法律は、宗教団体が、礼拝の施設その他の財産を所有し、これを維持運用し、その他その目的達成のための業務及び事業を運営することに資するため、宗教団体に法律上の能力を与えることを目的とする。

2 憲法で保障された信教の自由は、すべての国政において尊重されなければならない。従つて、この法律のいかなる規定も、個人、集団又は団体が、その保障された自由に基いて、教義をひろめ、儀式行事を行い、その他宗教上の行為を行うことを制限するものと解釈してはならない。

(宗教団体の定義)

第二条 この法律において「宗教団体」とは、宗教の教義をひろめ、儀式行事を行い、及び信者を教化育成することを主たる目的とする左に掲げる団体をいう。

一 礼拝の施設を備える神社、寺院、教会、修道院その他これらに類する団体

 

実は宗教法人法で最重要ポイントは「第一条の2項」なんですが、その点については別のブログで書きましたので省略します。

要は宗教法人として「布教」と「礼拝の施設の維持」が絶対的な必要条件だということです。

このどちらが欠けても、既に宗教法人としての体をなしてないということです。

宗教法人失格ということです。

 

消滅寸前寺の事例では、「寺は一般的に思い浮かべるような寺院然とはしておらず、一般住宅と言われても納得してしまいそうな平屋建て。屋根の塗装はところどころはげ、前庭に並ぶ墓石は伸びきった雑草に囲まれ、こけむし、傾いているものもあり、手入れがされている様子はない。」と週刊朝日にあります。

かろうじて「礼拝の施設の維持」はされています。

また「(集落にいる)おばあちゃんたちが亡くなれば」とありますので、これまたかろうじて「布教」は維持されています。

文字通り「消滅寸前」です。

 

これを読まれた方は「宗費という名の上納金が寺の維持をものすごく圧迫」ならば、「日蓮宗を止めちゃえば」と思うはずです。

その通りなんですが…

宗費の負担が無くなれば、多少は寺の財政に貢献します。

ただし、独立するための手続きや登記がちょっぴり面倒です。

なによりも、宗教法人の後処理に責任を感じます。

 

日蓮宗のお寺であれば、住職が辞めて、代表役員がいなくなった場合の尻拭いは日蓮宗が行います。

独立した場合は???

どうなるんでしょうねえ╮(_)

 

WEBで探しましたが、ありませんでした。

いずれにしろ経営が成り立たない寺は消えるしかありません。

 

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