忌中の忌ってどういう意味 その深い理由平成30年7月4日更新

 

忌中に結婚式等のめでたい席に出てよいか?

WEBで調べると、いい加減な記述がたくさん見られます。

 

良く引用されているのは「明治七年太政官布告」です。

(明治七年太政官布告)

父母死亡時

忌/五十日

服/十三カ月

養父母死亡時

忌/三十日

服/百五十日

夫死亡時

忌/三十日

服/十三カ月

妻死亡時

忌/二十日

服/九十日

嫡子死亡時

忌/二十日

服/九十日

養子死亡時

忌/十日

服/三十日

兄弟姉妹死亡時

忌/二十日

服/九十日

異父母兄弟姉妹死亡時

忌/十日

服/三十日

祖父母死亡時

忌/三十日

服/百五十日

曾祖父母死亡時

忌/二十日

服/九十日

孫死亡時

忌/十日

服/三十日

()父、叔()

忌/二十日

服/九十日

従兄弟死亡時

忌/三日

服/七日

甥、姪死亡時

忌/三日

服/七日

だいたいのWEBのネタ元はこれです。

「忌」が忌中で「服」が喪中です。

 

なぜ「忌中」と「喪中」が明確に分類されているんでしょう?

 

忌中の忌は神道の概念から来ています。

「もの忌む」ですね。

 

神道の考え方には「黒穢」と「赤穢」の2つがあります。

「黒穢」は死の穢れです。

これが忌中の根っこにある概念です。

 

「赤穢」は血の穢れです。

女性の生理や出産です。

昔の一部の山の女人禁制はこれから来ています。

 

どちらも古事記を読むと、理由が分かります。

イザナギとイザナミのお話ですね。

イザナミが亡くなり、イザナギが死の国へ行った神話です。

 

つまり、「死の穢れ」です。

 

住職、「血の穢れ」はどこ?

イザナミの死因です。

古事記では「火の神様を生んだ後でイザナミは死んだ」となっています。

おそらく産褥熱でしょうねえ。

ということで「赤穢」もあるんです。

 

これが江戸時代に「服忌令ぶっきりょう」が制定されました。

儒者や神道家の人がブレーンで作ったようです。

ここでも「忌」と「服」は明確に区別されています。

 

これを基に、トップの「明治七年太政官布告」に繋がっています。

なぜ「忌」は明確に日数が決まっているか?

 

その理由は、「忌」の期間は、幕府の仕事や政府の仕事が休めたんです。

つまり「忌引き」です、だから日数が厳密に決まってたんですね。

もちろん、親が死んで50日も忌引きを取られると困ります、その後どんどん短縮されます。

 

最近では親が亡くなっても忌引きをくれないブラック企業もあるそうです。

ま労働基準法には無いですからねえ(;_;)

公務員の忌引きの規定くらいが、忌中の妥当なところかなあと個人的には思っています。

 

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