御朱印は書きません 最終回2019.7.11

 

御朱印問題の4回目です。

利用者側の視点を見てみましょう。

 

御朱印は、記念目的やスタンプラリー感覚で集めるものでは御座いません

これは御朱印を発行する側の論理です。

 

では受け取る側の論理は。

 

しかし立派な観光地に各地から来ている観光客にあまりにも失礼な態度に、せっかくいただいた御朱印も嫌な思い出になってしまいました

佐渡の歴史あるお寺の印象が悪くなるような接客の改善をお願いします

 

別の方です。

 

パンフレットにも載っているお寺であれば、挨拶など最低限の接客は出来るべきだと思います。

観光スポットとしてお勧めする以上、観光客に接客で不快な思いをさせるのは問題外だと思います。

 

お二人とも同じ視点ですね。

「観光客」「接客」「不快」です。

 

もう少し調べてみました。

御朱印集めの意味・目的とはなにか?

 

御朱印の起源

起源は室町時代に遡ります。神社・お寺に納経した証として納経帳に納経印をもらっていました。これが、江戸後期以降、参拝の際にも記念として納経帳にスタンプを押してもらうようになったようです。

大正〜昭和初期に旅行ブームがあり、旅行の記念として寺社の朱印や観光地の記念スタンプを集めるという習慣が定着したそうです。

また、昭和初期にはスタンプ収集ブームがあって、御朱印もスタンプと同列に扱われていたみたいです。この時に、スタンプと分ける形で、"御朱印"という名前で呼ぶようになったようです。

 

御朱印集めの意味・目的

御朱印集めの意味とは一体、何なんでしょうか?

納経印には、納経した証、納経した証を集めることで極楽浄土に行けるなどの意味がありましたが、昭和初期に確立された現代の「御朱印」にはそういった要素はもうないんじゃないでしょうか。

 

けっこうきちんと調べておいでですね。

昭和初期に確立された現代の「御朱印」にはそういった要素はもうない」、同意見です。

なにせ仏縁を求めているのではなく、「観光客」ですから┐(´∀`)┌ヤレヤレ

 

もう少し引用します。

 

よく「御朱印集めは遊びじゃないんだ、宗教的行為なのだから、きちんと時間をかけて参拝し、清らかな気持ちで御朱印をもらえ!」という意見がネット上に散見されます。

私としては、お寺・神社側として、もしそういったルールをきちんと守らせたいんなら、@参拝しないと御朱印をもらえないようにする、B檀家にならないともらえないようにするなどの対策を取って信者以外を排除すれば良いのに、なぜやらないんだろうと思っちゃいます。

そこでピンときたのですが、お寺・神社側は、ある程度、ライト層に御朱印をもらいにきてもらわないと困るのです。

自分の宗教を布教したいわけですから、興味のない人にも何らかの形でリーチして、その上で自分の宗教の側に引き入れたいわけです。

そのため、信心深い人だけが御朱印をもらえるようなシステムにはせずに、広く人を集めた上で、御朱印をもらった人に対して、「真面目に参拝しよう!御朱印もらったんだからちゃんと敬意を払おう。」と解くわけですね。

 

参拝しないと御朱印をもらえないようにする」、この提言はもっともです。

高庵寺住職はそのように対応しました。

その結果がこれです。

御朱印は書きません その2

 

だから御朱印は全て受け付けないことにしたんですけどね。

ただし商売で御朱印をされているお寺や神社はこの指摘を謙虚に受け止める必要はあります。

なんたって、相手はお客様ですから。

 

知恵袋に最も端的な指摘が載っていました。

 

ビジネスとして割り切ると公言するのならそれはそれで構いません。

しかし参拝者だけを一方的に悪者に言うのはやめてもらいたいです。

ビジネスなら、いろいろな客がいるということは最初からわかっていることなんだから。

 

その通りですが…

ビジネスであれば、必要経費や利益を考えての価格設定になります。

300円の価格設定であれば「神田明神のように文字も手書きではなく判子」が当たり前ですよ。

手書きでお願いします」ならば、最低千円です。

心を込めて書くのなら「時間がかかります、10分くらい」です。

 

「御朱印受付所」があって、専任の方がおられるのなら、回転が良いので別でしょうが…

高庵寺なんか年に数人でした。

前回のブログで批判されていたご寺院様も「誰も居なかったので呼び鈴を鳴らしました。しばらく待ちましが応答がなかったので、再度呼び鈴を鳴らしました。それでも応答がなかったので声もかけました。そうすると奥から年配の女性が出てこられて」です。

 

お客様だと考えている消費者、布教の一環だと考えている宗教法人、交わることのない平行線です。

御朱印を求める方の全てが「お客様だと考えている消費者」ではないでしょうが…

 

高庵寺住職もかつては「せっかく仏縁を求めて来られた方」と思い御朱印を書かせて頂いていました。

ただし上記にあるように「昭和初期に確立された現代の「御朱印」にはそういった要素はもうない」、残念ですがその通りなんでしょう。

宗教行為としての御朱印は既に死んだも同然なんでしょう。

 

結論として「ビジネスとして割り切る」か、それとも御朱印を取りやめるか、決断を求められているのは宗教法人側だと思います。

 

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