お坊さんを雲水とか乞食と言います なぜ?2019.9.5

 

日本の仏教ではお坊さんを「雲水」とか「乞食(こつじき)」とか表現することがあります。

今はほとんど死語で、禅宗の修行僧に「雲水」と「乞食」を使うことがあるくらいです。

 

昔、檀家様に質問を受けたことがあります。

この質問をされるということは、素人としては凄いことなんですけどね(^^)

 

雲水については、割と簡単に答えることができました。

乞食はちょっと難しかったですね。

大乗戒小乗戒をきちんと説明しないと分からないからです。

 

上記リンク先に「大辞林」の解説が出ています。

 

大乗戒 「菩薩戒(ぼさつかい)」に同じ。

 

小乗戒 小乗仏教の戒律。僧俗男女といった区別によって、五戒・八戒・十戒・具足戒の別がある。

 

雲水について「大辞林」の説明です。

もちろん「行雲流水」の方ではありません。

お坊さんの説明ですから…

 

〔空行く雲や流れる水の行方が定まらないように諸国を巡るところから〕 行脚(あんぎや)僧。

雲衲(うんのう)。

水雲。

〔特に、禅宗の僧についていう〕

 

まあそうなんですが…

よく分からないでしょう。

日本や中国では「特に、禅宗の僧」です。

 

雲水については、古代インドのお坊さんの生活を見ないと分かんないんです。

現在のインド地域でも、乾季と雨季が定期的にくるのがインドの気候です。

 

乾季のインドです。

 

 

雨季のインドです。

 

 

ということで、古代インドでは雨季には移動することができませんでした。

乾季には遊行(ゆぎょう)といって、インド中を回って仏教の布教をしていたお坊さんも、雨季には集まって集団生活をしたわけです。

その集まって修行することを安居と言いました。

 

この遊行中のお坊さんのことを、元々は雲水と表現しました。

 

安居中のお坊さんは集団生活をします。

その集団生活中のお坊さんを僧と言ったんです。

これが「」という言葉の始まりです。

 

雲水の時期は単独行動ですから、集団ルールは必要ありません。

安居のときは集団生活ですから、集団ルールが必要です。

 

実はこれが戒律です。

全てのお坊さんは戒を持ちます。

WIKIに「戒は仏教徒が守るべき、自分を律する内面的な道徳規範である」とありますが、その通りです。

 

例えば不殺生戒で説明します。

不殺生戒はキリスト教にもあります。

キリスト教の不殺生戒は絶対的な神の命令です。

破ることは許されません。

 

ただしキリスト教の不殺生戒は「人殺しはダメ」です。

 

マタイによる福音書第5章21節

昔の人々に『殺すな。殺す者は裁判を受けねばならない』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。

 

殺すな」は殺人を意味します。

だから牛を殺して食べることは神の意に沿う善い行いです。

 

ところが仏教の「不殺生戒」は全ての命に適用されます。

牛はもちろんですが、お米だってイネの命だから同じなんです。

もちろん、これを守ることは不可能です。

ではお釈迦様はなぜこのような不可能なことを言われたんでしょう。

 

実はこれが戒の本質です。

戒は命令ではありません。

「自分を律する内面的な道徳規範」、つまり良い習慣です。

 

お釈迦様は、私たち人が他の命を頂くことによって生きている存在だと、常に意識をすることを求めたのです。

そうであれば、命を無駄に消費することは許されません。

 

曹洞宗の五観の偈です。

食事の前に必ずお唱えします。

 

    一つには功の多少を計り、彼の来処を量る。

    二つには己が徳行の全欠を忖って、供に応ず。

    三つには心を防ぎ、過を離るることは、貪等を宗とす。

    四つには正に良薬を事とするは、形枯を療ぜんがためなり。

    五つには成道のための故に、今この食を受く。

 

意味はこちらです。

 

さて、一人のときはこれだけで済みます。

でも集団生活になったらルールが必要になります。

これが「律」です。

これは守ることが強制されますし、破ると罰則もあります。

 

ここから「乞食」の説明になります。

小乗仏教には、「捉金銀宝戒」があります。

ようするに、お坊さんは金儲けをしてはいけませんです。

 

ということで、小乗仏教(差別的表現なんでまずいかな、一般的には上座部仏教です)のタイ等では、こんな感じです。

 

 

女性が掃除をしていますが、少年僧はしてませんね。

お金儲けがダメということは、生産的なことはできないんです。

掃除や料理とかもダメです。

 

では食事の準備はどうするんでしょうか?

 

 

托鉢をします。

面白いのは食事等をもらった僧侶はお礼を言いません。

差し上げた一般の方がお礼を言います。

「食事を受け取って頂いて有難うございます」

 

ということで、托鉢のように物乞いをして生きていくわけです。

それで僧を「乞食(こつじき)」と言います。

 

日本仏教のように、作務(さむ)を重視する仏教とは全く違います。

 

 

これが曹洞宗の作務です。

 

もちろん曹洞宗でも托鉢はします。

 

 

どう思います。

年に多くて数回です。

これで生活はできません。

デモンストレーションです。

なぜこんな小乗仏教の残滓があるんでしょう?

 

WEBでこんなブログを発見しました。

長南瑞生という人のブログなんですが…

お坊さんではなく「仏教を伝える講師」だそうですが…

よく分かりません。

 

こちらのブログです。

ポイントを引用します。

 

中国では、天台宗でも禅宗でも浄土宗でも、出家すると具足戒を受けます。

 

ヒエー! ビックリです。

ところが調べていたら、永平寺別院の堂長さんの言葉に行き当たりました。

 

唐の南山道宣が律宗として開き、ここに大小乗の戒法兼受する中国型の仏教が成立しました。

 

うーん、大乗戒(菩薩戒)と小乗戒は水と油です。

相性は最悪のはずですが、どうやって兼受できるんでしょう???

 

ちゃーんと答えが書いてありました。

 

ここに理念を異にする2つの戒法を無理に接合することの矛盾が表出することになったのです。

 

ですよねえ。

水と油ですから…

 

自利優先と利他為先の真反対の実践理念を放置することは不可能なのであった。

 

ま、そうですよねえ。

最後はややこしい教義の話でごめんなさい。

 

説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: image012

 

検索でこられた方は、こちらをクリックしてください。トップページに戻ります。

 

平成26年3月31日を以て全ての整備工事が竣工いたしました。

今後数十年間に亘り、寄付の要請は一切ありません。

日本唯一のユニバーサルデザインの寺、安心してお墓をお求めください。

 

お葬式・ご法事・改葬(お墓のお引越し)・お墓の建立

お困りの方、なんでもご相談に応じます
メールでのお問い合わせはこちらから