足利市における葬儀社の変遷2020.10.16

 

まずはこちらの動画をご覧ください。

 

 

この葬儀社の方は23区内の方です。

23区外でも関東の大都市部では正しいんですが…

違う地域もけっこう多いんですよ。

少なくとも足利市は違います。

 

一応、栃木県内における足利市のポジションです。

 

県内25市町の人口、面積(令和元年101日現在)

 

市町村名

人口(人)

宇都宮市

519,255

足利市

144,684

栃木市

155,714

佐野市

115,784

鹿沼市

95,812

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現在では栃木県内で4位(2位は小山市です)ですが、平成の大合併の前までは、県内第2位の市でした。

群馬県との県境にあるので、合併する相手がいなかったのです。

つまり、本ブログの内容は県内第2位の時代の内容です。

関東の地方中規模都市の典型例です。

 

私がこどもの頃(60年くらい前)、市内には現在のような葬儀社は皆無でした。

高庵寺の葬式は、近隣にある「林造花店」が全て執り行っていました。

 

葬儀式場は原則として自宅です。

自宅で無理な場合はお寺で行いました。

当時、現在のような葬祭ホールは1つも無かったんです。

 

この間の事情を詳しく研究されたきちんとした文献があります。

 

平成20年の静岡大学のフィールドワークの研究成果

 

フィールドワークの場所は静岡県の川根本町です。

平成20年6月の実際の葬儀も詳細に書かれています。

このレベルの葬儀は全く記憶にありません。

 

この地域のお寺はこのお寺です。

 

 

 

この動画のレベルに近い葬式が平成20年頃までは行われていました。

現在はどうなんでしょう?

 

実はこのような習俗が続くかどうかのポイントは2点なんです。

 

1、 葬祭ホールが近隣にあるか?

2、 習俗を担う人材が残っているか?

 

まず、1について。

調べると、一番近い葬祭ホールまで車で軽く1時間以上(1時間半くらい)かかりますね。

こちらです。

 

 

これでは、成立しません。

地元で葬儀をするのなら、自宅またはお寺、おそらく現在では自治会館等になるはずです。

 

その場合の2の問題です。

これはデータがありませんが、おそらく現在は残ってないでしょう。

フィールドワークの内容から、平成20年当時でも葬儀の担い手の高齢化が問題になっています。

現在では残ってない可能性が大と推測します。

 

静岡大学のフィールドワークは、貴重な文化資料と思います。

 

既に高齢者である高庵寺住職は子どもの頃の記憶にあるだけです。

それもお寺の子であるという特殊事情で記憶に残っていますが、一般の家庭の子どもであれば記憶に無いのが普通です。

 

足利市の葬儀事情が東京と同じになった時期ははっきりしています。

それは平成9年1月です。

 

住職、言い切ったね。

論拠は???

はい、この日まで足利市には葬祭ホールはありませんでした。

この日「さがみ典礼 足利」がオープンしたんです。

将に足利の葬儀業界の黒船来襲です。

 

 

ここから先の状況は、上記動画と異なります。

昔からの造花店は、平成20年くらいまでに全て淘汰されました。

ただし、互助会に席巻されることにはなりませんでした。

 

というのは、平成9年当時、足利市の人口は現在より多い約165,000人でした。

その葬儀を1ホールで賄うことは不可能です。

 

その後、互助会は「くらしの友」さんが1ホール、「さがみ」さんが3ホールです。

当時、市内4ホール互助会があれば、東京と同じような経過を辿ったかもしれません。

 

唯一残っていた造花店です。

 

 

普通の葬祭ホールですね。

沿革を見てみましょう。

 

 

この社史には足利市の葬儀事情の歴史が詰まっています。

昭和43年に「なるせ造花 創業」とあります。

市内の造花店としては、圧倒的に新しい方です。

 

最初に紹介した「林造花店」は住職がこどもの頃にはありました。

今から60年前です。

社長は住職の同級生の父親です。

しかも2代目です。

 

既にとっくの昔に廃業されています。

跡取り息子が継がなかったからです。

 

なるせさんの創業が新しいのにも足利市の歴史が絡んできます。

 

 

上記地図をご覧になると分かります。

足利市は渡良瀬川の北岸が旧市街です。

なるせさんのある南岸は新市街なんです。

つまり、なるせさん近辺で造花店のニーズが生まれたのが、昭和40年頃なんです。

 

なるせさんも、平成16年に事実上造花店を止めました。

造花店の店舗を改装し、家族葬メインの葬儀社に変わったのです。

 

その後、平成23年から葬祭ホールメインの普通の葬儀社に業態変更しました。

 

足利市では家具屋さんから業態変更したり、異業種種からの参入が相次ぎました。

JAも現在は、葬祭業が稼ぎ頭になっています。

互助会の寡占は成立しなかったのです。

 

なるせさん以外の市内の代表的な葬儀社を見てみましょう。

 

 

ここはなるせさんより早く、平成11年に葬祭ホールをオープンしています。

平成9年に「さがみ」さんが葬祭ホールをオープンして、直ぐに対応を開始したのです。

 

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