高庵寺の裏山 古墳ですよね なぜ大應山と言うんですか?平成23年9月8日更新


高庵寺プライベートページで、高庵寺のことを、大應山高庵寺と書くこともあると載せました。
今日は、大應山、山号について説明します。

そちらでも、書きましたが。高庵寺の正式名称は、「高庵寺」です。
「宗教法人 高庵寺」ではありません。


法務局の登記が「高庵寺」となっています。
したがって、正式な契約文書、特にお役所絡みのときは、「高庵寺」で契約しないと、無効になってしまいます。

「宗教法人曹洞宗 高庵寺」については、別のページで説明しました。

今回は、「大應山 高庵寺」について、説明いたします。
といっても、「大應山 高庵寺」を知っている人は、ほとんどいません。

檀家様でご存知の方は皆無でしょう。
なぜって?
住職が使ったことがないからです。

このページを、高庵寺の檀家様がご覧になったら、ビックリするでしょう。

教区
のご寺院様の住職でも、あまり知らないでしょう。
第一、住職だって、一部のご寺院様しか知りません。
つまり、普通知らないってことです。

ということで、ここで終わりにしてもいいんですが、一応お教えいたします。
あ、どうでもいい話なんで、この先はパスして、もっと中身の濃い過去ログをご覧ください。

では、お粗末を一席。

基本ですが、大應山を山号(さんごう)、高庵寺を寺号(じごう)と言います。

日本に仏教が入ったころのお寺には、山号はなかったらしいです。
なにせ、当時の都に建てられましたから。
平地ですので、山はありません。

その後、お寺は山に建てられるようになりました。
例えば、比叡山に延暦寺、高野山に金剛峰寺です。
延暦寺はともかく、高野山の寺号が金剛峰寺ということを、知っている方のほうが少数派だと思います。
若い方は、寺マニア以外は全滅でしょう。

ここまでは、想像の範囲ですね。

その後、鎌倉時代になって、曹洞宗等の禅宗が日本に入ってきました。
当時の先進国、中国にあやかって、日本でもお寺に山号を付けるようになった。
どうも、この辺が真実らしいです。

ちなみに、永平寺は山にありますが、
吉祥山永平寺と言い、山の名前は全然関係ありません。

高庵寺の大應山も、全然関係ありません。
なにせ、裏山ならぬ裏古墳ですから。
しかも、もともとの場所は、川べりでした

北袋川という川号ならば、辻褄があいます。
もちろん、そんなものありません。
かっこわるいですしね。

古墳ですが、有名な古墳ですので、車塚山高庵寺にする方法もありますが、
やっぱ、かっこ悪いですね。

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