墓参のお供え 仏壇のお供え 葬儀や法事の精進落としやお斎の陰繕 「お下がり」といって持ち帰って家族で食べます平成26年6月22日更新

 

この事については一度書いています。

法事のお供物 準備物 年回忌でも墓参でも仏壇でも基本は全部同じです 原則さえ分かれば簡単です平成23年10月24日更新

 

法事、開眼供養、墓参、仏壇、お供えをしますね。

葬儀の精進落とし、法事のお斎、陰膳を用意されますね。

その後どうされますか?

 

もちろん、陰膳は持ち帰ります。

持ち帰って家族で食べます。

 

お供物も同じです。

必ず下げて持ち帰り、家族で食べます。

 

これを「お下がり」と言います。

お下がりを食べて、初めて供養が完結します

食べるのが供養なんですよ。

 

法事でお寺にあげる供物はそのままですね。

住職、おかしいじゃないか。

いえ、そんなことはありません。

住職が「お下がり」として下げて、家族で食べます。(糖尿病なんで少しだけですが…)

 

いずれの場合も、どうしても食べきれない分だけ、「ごめんなさい」の気持ちで捨てます。

この「ごめんなさい」の気持ちが大切なんですよ。

 

仏教では一切衆生悉有仏性(いっさいしゅじょうしつうぶっしょう)と言います。

生きとし生けるものはすべて生まれながらにして仏となりうる素質をもつという意味です。

牛や豚や鶏だけでなく、お米(稲です)や野菜にもあるんです。

植物だって生きていますから。(これがキリスト教やイスラム教との大きな違いです)

 

私たちは生きていくためには食べなくてはいけません。

他の生命の命を奪うことによって生きていくことができるのです。

 

逆に考えるとよく分かります。

牛や豚や稲も、私たちの為に「命の布施」をしてくれているのです。

 

全ての食材に感謝して食べます、その心が「いただきます」です。

ですが、住職は糖尿病ですから、どうしても全ては食べられません。

僧堂(僧侶の修行道場)では、食べられる分だけ受け取ります。

絶対に残すことはできません。

 

けれど、社会生活ではそれはできません。

どうしても必要以上に買ったり(できるだけ注意はしています)、もらったりします。

無理して食べれば、健康を害したり、場合によっては寿命を縮めます。

 

もちろん、それは自分の命を粗末にする行為ですから、絶対にやってはいけません。

仕方なく捨てることになります。

そのとき「ごめんなさい」の気持ちを持つことがとっても重要なんです。

 

私のために命の布施をしてくれた生き物たちに謝るのです。

これを懺悔(さんげ、普通はざんげと読みますが、仏教ではさんげと読みます)と言います。

 

「他人に迷惑をかけてはいけない」、これは正しいのですが、道徳です。

そこで質問ですが、「他人に絶対に迷惑かけない」可能ですか?

もちろん不可能です。

 

仏教の考え方は「私たちは他人に迷惑をかけて生きている」です。

知らず知らず迷惑をかけていますね。

否定できませんね。

当たり前です、そうしないと生きてゆけません。

 

だから懺悔するのです。

懺悔することにより、「他人を許すことができる」ようになります。

 

お下がりの話からだいぶ飛躍しました。

でも、これが仏教なんですよ。

 

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